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愛情を育てるには
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人間関係が一変する
愛情を育てるには
だれでも愛し合って結ばれ、手をとり合ってウェディング・マーチを聞くときには、幸福感に胸はふくらみ、いろいろな夢を抱き、イメージをえがきます。しかし、実際に夫婦生活を始めると、種々さまざまなことに出会います。しっかりと肩を組み合ってスタートした二人三脚レースも、ともすればつまずくことも生じます。
なぜ、夫婦の愛情はつまずくのでしょうか。また、それをつまずかせず、スクスクと伸ばし育てるには、どうしたらよいのでしょうか。これらのことを、皆さんとともに考えてゆくことにしましょう。
なかなかラクじゃない
まず、ふつう、どんなぐあいにつまずくのか、その心のうつろいをスケッチしてみましょう。
夫の場合には、気らくではあったが味気なかった独身生活にピリオドを打って、新妻を得たとき、もっぱらスイート・ホームをあごがれます。家に帰ると笑顔で出迎えてくれる人がいて、心のこもった手料理が作られていて、夏なら洗いたてのノリのきいたゆかたが着られて、冬ならあたたかいこたつに入れて、「ああ家庭って、いいもんだな!」
ところが、その感動も、慣れるにしたがって次第に薄れると、夫は、自分が背負うべき責務が並々ならぬものであることを、いやおうなく悟らされます。それに、仕事のこと、さらに妻との小さな意見の食い違い、性格の相違。別に、結婚生活を重荷と思うほどではありませんが「なかなかラクじゃない」。
そんな感慨が、心をかすめる瞬間も生じてきます。
いっしょにいるだけで楽しかったが・・・
妻とても、同様です。夢のようだった新婚旅行。生活の開始。張り切って家事に専念。「これまでの花嫁修業が思うとおりに役立たないもどかしさ。驚くほど多い日々の雑用。最初の赤字。何と千円札の使いでのないことか。
夫の性格の別の面を発見して、ちょっとガッカリ。はじめての夫婦ゲンカ。結婚当初は二人がいっしょにいるだけで楽しかった、夫に所有され、独占されることに喜びを覚えていたのに・・・。今では、特に感激も湧かないし、むしろ窮屈に思うときもある、というようなことになりがちです。
人間関係が一変する
なぜ、こんなことになるのでしょうか。
しかし、実は、こうなるのがあたりまえでもあるのです。結婚生活というものは、元来そういうものなのです。このことを根本的に認識しておく必要があります。結婚というのは、単に、愛し合った男女が法律的に結ばれて同棲生活に入るということではありません。そうではなくて、社会における一つのユニットが作られるということです。結婚すると、新しい戸籍簿が作られますが、それは法律上の意味ばかりでなく、心理上も重大な意義をもっています。
つまり、結婚して家庭をもつと、世間はその二人を一つの単位として扱います。扱われるほうは、必然的にそれに答えるようにふるまわざるをえなくなります。彼と彼女との関係ではなく、彼・彼女一体のものと世間との関係になります。かくして、彼と彼女とは、それまでとは全く別な人間関係に入るわけです。状況はガラリと変わるのです。
具体的にいえば、恋愛中や婚約中に、相手の家をたずねたり、デートしたり、プレゼントしたりしていたころの関係と全然異なるのです。極端な話として、毎日会って、一日の大部分をいっしょに過ごしていたような場合でも、恋愛、婚約中なら、互いに別々の基盤の上に立って交際しているにすぎません。結婚によって、二人は、それぞれの基盤を離れ、新しい基盤を作り、その上に立つことになるのです。
何から何まで知っていたつもりだったのに、この一変した人間関係に自己を適応させてゆくのは、普通に考えられている以上に大変なことです。そと、すなわち、夫は勤め先の同僚、上役との関係など、ビジネス・ライフの面で、妻は近所の奥さん連中や夫の肉親、親戚などとのつきあいの面で、適応させてゆかねばなりません。
とともに、うちで、互いに二人の問をやはり調整し、適応させてゆかねばなりません。このうちの関係においては、性格上のごまかしやつくろいということが、全く不可能です。好むと好まざるとにかかわらず、互いに性格のすべてをさらけ出すことになります。すると、結婚前の交際を通じて相手を何から何まで理解し、熟知していたつもりだったのに、結婚生活を始めたら、まるで違った面を見せられて、オヤッと思うようになります。こういう意外感が大きかったら、どうなるでしょう。結果は明らかです。「こんな人とは思わなかった」「こんなはずではなかった」
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